山田晃久株式会社エスアイホールディングス代表取締役会長

YELL新世代のビジネスリーダーに贈る~Viewpoint of the sage~

山田晃久株式会社エスアイホールディングス代表取締役会長

シーズ・オブ・イノベーション
『変化のタネをまく』
7つの柱の多角化経営

今日、企業の事業環境の中で新たな視点で未来を創る事業を興すー。いくつかの時代を見てきた経験深きビジネスリーダーは、どのような視点で、〝現在〟という時代を見ているのだろうか。健康食品・健康機器の製造販売を手掛ける株式会社エスアイホールディングスの創業者である山田晃久代表取締役会長は経営環境の変化にいち早く対応して、会社の舵を切って来た。変化への対応で要とした、独自の新規事業育成法などについて聞た。

プロローグ
裸一貫から350人の企業集団へ23歳起業からの波乱の創業者人生

裸一貫で浄水器の販売会社を立ち上げた山田晃久・エスアイホールディングス会長は設立20周年を迎えた今日、関連企業7社、社員160人・パート190人の企業グループを率いる。同グループの取扱商品は、青汁・コラーゲンゼリーなどの健康食品の通信販売をはじめ、低周波治療器や家庭用電気マッサージ器、中性電解還元水の製造・販売など多岐にわたる。最初、23歳で独立・起業した山田会長が、波乱に富んだ創業者人生で何をつかみ取って来たのか。経営環境の変化に対応しながら、起業家精神を発揮してきた山田会長の軌跡に焦点を当ててみる。

エスアイホールディングスの社名に由来するSIとは、シーズ・オブ・イノベーション(変化のタネをまく)を意味する
エスアイホールディングスの社名に由来するSIとは、シーズ・オブ・イノベーション(変化のタネをまく)を意味する

2度目の操業に再挑戦した原点
会社清算での教訓をバネに再創業でリベンジを果たす!?

「もう一度チャレンジしてみないか」――。11年ぶり2度目のサラリーマン人生を浄水器メーカーの営業部長として勤めていた山田会長は入社2年目、メーカー社長から直々に再スタートを促された。
以前、同社の浄水器を取り扱う販売会社を経営していた山田会長は、恩人であるメーカー社長からの言葉に背中を押されて二度目の創業を決意し、1997年4月にエスアイホールディングスを立ち上げた。

 「創業自体は二度目の経験であり、当時大ブームだった浄水器を商材としてスタートを切ったので、立ち上げから非常に順調でした。創業5年目で年商40億円突破する急成長を遂げました」「事業を立ち上げて、次から次に規模を拡大していくと、利益は上がっても一時的に資金が追い付かないことがありましたが、恩人のメーカー社長は借用書無しの電話一本で翌日に振り込んでくれました。再創業では仕事上の信頼関係や人とのつながりの大切さを実感しました」

山田会長が最初に独立・起業したのは23歳の時だった。販売会社を立ち上げて、各種商材の個別販売を取り扱う中で出会ったのが、後に恩人となる社長が開発・製造していた浄水器だった。折からの浄水器ブームもあって、独立11年目で200人を超す規模まで成長していた。
しかし、ナンバー2だった幹部社員と経営方針を巡って対立が生じて社内の信頼関係が崩れ、一気に赤字に転落したことで手形が不渡りとなったため、社内外では会社倒産と騒がれた事態となった。

 「会社清算に近い任意整理でしたので、私自身も自己破産をせずに済みました。幸い、会社の負債と資産がほぼ同額でしたので会社を解散し、不渡りとなった手形も後日精算しました。不義理な行為を一切しなかったことが、再創業において大きなプラスになりました」「経営者にとって、一番つらいのは会社の倒産です。私自身、昔苦しんだことがトラウマになっており、状況の変化に敏感で素早く判断して、すぐに手を打っていく習性になっています」

経営のターニングポイント
売上高4割減の危機が転じて組織改革による大躍進となす

急成長を遂げた創業期後、次の5年間はゆるやかな伸びをみせた中、浄水器製造を手掛けるメーカー分野への進出を果たした。しかし、2009年に特定商取引法と割賦販売法が改正されて、個別販売への規制が大幅に強化された。その結果、業界自体が5分の1の規模に縮小し、同社の売り上げもピーク時の4割減という事態に陥った。

 「売り上げが最悪だった4年前に会社の仕組みをすべて変えました。従来の個人プレーをチームプレーに切り替えて、業績評価もチーム単位に改めました。また、収益の推移をはじめ、仕入状況や製造原価、給与額など、会社の経営状態をガラス張りにしました。すると、社員一人ひとりが主体的に業務に取り組むようになって、前向きな発言も多くなり、販売方法も自分たちで一新しました。その結果、営業利益が毎年、創業期に匹敵する勢いで伸びています」

”現在”という時代への視点
経営環境の変化に対応できる新規事業育成のポイントとは

 今日、ニーズの多様化やライフスタイルの多角化で商品のライフサイクル自体も短くなった。さらに少子高齢化やデフレ経済下で消費自体が複雑さを増す中、山田会長は、〝現在〞をどのように見るのか。

エスアイホールディングスにとって、主力事業のひとつである通信販売事業で運営するコールセンター風景
エスアイホールディングスにとって、主力事業のひとつである通信販売事業で運営するコールセンター風景

 「《変化に対してついていかないと、生き残れない》という思いがあり、時流に合った商品をいろいろ取り扱ってきました。逆に変化に合わせた方が会社の成長も早いので、変化への対応を重視しています。社名にあるエスアイとは、シーズ・オブ・イノベーションの略で『変化のタネをまく』という意味があります」
変化に対応した企業経営を信条とする山田会長が力を入れて取り組んできたのは、新規事業の立ち上げだった。現在、グループ企業7社による多角化経営を手掛けるが、事業の多角化を実現していく上でのポイントは何だったのだろうか。

 「事業の柱が1本だけだと、そのブームが終わると、会社の経営は非常に苦しくなります。そこで私は事業の柱を5本つくろうと考えました。5本あれば、変化への対応が速く、仮に1本悪くなっても他でカバーできます」「1本あたりの事業規模として10億円を想定し、それ以下の事業はやりませんでした。そして、売上高10億円を達成するまでは一切脇目も振らずに取り組みました。当社にとって1本目となる事業の柱が浄水器販売でしたが、それに続く2本目の柱をつくることが大変でした。いろいろ挑戦した結果、青汁の通信販売に行き着きましたが、2本目ができると、3本目の柱をつくるのは楽で、4本目はさらに簡単でした。気がつくと、いまでは7本柱になっています」

新世代のビジネスリーダーへ
「経営者よ、利益を求めよ」社員の幸せや社会貢献が叶う

「現状、利益を追求しない社長が多いのが残念です。利益を追求して、社員と一緒に幸せになっていくという考え方を浸透させる必要があります」

会員制の異業種交流会としては、九州最大級となる日本スクラム会の会長も務める山田会長は企業経営の〝要〞を押さえた上で、新世代の若手経営者や起業家らに向けて、次のようなエールを贈る。

 「何のために仕事をするのか。私自身は、社員を幸せにして、喜ぶ社員の姿を見て、《企業経営をしていてよかった》と、痛感します。そのためには利益が必要です。利益を追求した結果、社員の収入や生活が安定すると、社員は喜び、組織はひとつになります。そして、企業としてきちんと納税しながら、雇用を増やすことが、社会貢献だと思います。そのためには、環境の変化の中で見つけた『種』を育てて利益を生み、社員の生活を支える『柱』となるように、脇目も振らずに取り組んいただければと思います」

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山田晃久氏株式会社エスアイホールディングス代表取締役会長

1959年8月12日生、福岡県粕屋町出身。共稼ぎの公務員の家に生まれながら、小学校の頃から「将来、社長になる」ことを公言。東福岡高校を卒業後、学習研究社(学研博文社)に入社、その後ウイスコに転じた後、23歳で販売会社を設立して、独立・起業した。34歳の時に社内で起きて内紛の結果、会社を清算。取扱製品のメーカーから営業部長として招かれて、1年余り勤務した後、1997年4月に同社を設立、代表取締役に就任。趣味はゴルフと釣り。