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vol.48Special Interview

麻生 渡氏福岡工業大学最高顧問/元福岡県知事

新たな連携で不連続の変化を。

近年、我が国のイノベーション(技術革新)は欧米に比べて見劣りし、日本経済の長期的な停滞の一因と言われている。その打開策として期待されているのが産学官連携だ。通産省(現経済産業省)から福岡県知事=官、福岡空港ビルディング社長=産、福岡工業大学最高顧問=学と渡り歩いて、産学官で確かな実績を残してきた麻生渡氏に、福岡県の産学官連携の実績と今後のあり方を訊いた。
文=江口一樹 写真=目原裕士

自動車産業集積の陰に人材養成コース

私が福岡県知事時代にやった経済政策はほとんどが産学官協力です。産学官協力は中身がいろいろ違います。たとえば、自動車産業。北部九州には今や百五十万台体制の自動車産業の集積ができてきたのですが、進出した企業にとって何が魅力だったかというと人材でした。人材は学の協力が不可欠なんですね。産学官にはいわゆる研究開発の産学官協力もありますが、すぐれた人材を教育して送り出してくれることが、ものすごく大切なんです。

百万台構想を打ち出し、中部地方の部品会社さんにどんどん来てくださいと呼びかけました。同時に大学、高専、工業高校に自動車生産に関わる人材を養成する特別コースを作って下さいとお願いしました。その結果、九州大学の大学院にはオートモーティブサイエンスコース、九州工業大学にはゴムやメッキなど自動車部品に不可欠な基礎的な技術者養成コース、工業高校や高専にも自動車用人材コースができたわけです。

福岡にはこれだけ自動車を念頭に置いた多様な人材養成の仕組みがありますからぜひ来てくださいということを強く訴えました。

企業誘致競争で、福岡の場合はこうやって自動車産業を迎えられるために特別の教育コースがあるんだと。これが非常に大きな説得力になり、自動車産業が急速に集積した大きな原動力になりました。

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ゲーム産業を
生み出した芸工大

今や福岡県ではレベルファイブなどゲーム産業が盛んになりました。私が初めて接したときは6社くらいしかなく、海のものとも山のものとも知れないようなものでした。それが1つは「ナルト」を作って(サイバーコネクトツー)、レベルファイブは「妖怪ウオッチ」を生み出しました。

ゲーム産業がなぜ福岡で興ったかというと、福岡には九州芸術工科大学(現九州大学)があってクリエーターの教育をしていたのが大きかったですね。(卒業生には)東京に行った人と地元に残った人と東京から帰ってきた人といるんですが、そういう人材が大きな核となって福岡のゲーム産業の中核になっています。

そこで福岡県は芸工大と協力して「アジアデジタルアート大賞展FUKUOKA」をやりました。デジタル技術を使っていろんな映像、空想を表現していくものです。世界的なデジタルアートの人材を福岡に集めるためにアジア大賞を作ったりしています。

大テーマで取り組んだ「福岡水素エネルギー戦略会議」

産学官協力でまず大切なのは優れた人材を大学が教育して送り出してくれること、2番目は新しい技術やアイデアを大学で育み、それを産業化するという仕組みですね。九州大学にしても九州工業大学にしても私どもの福岡工業大学にしても、個別企業と各大学の研究室が将来の製品・サービスの開発を目指して協力しています。個別企業と大学の研究室はこれからも当然やっていくとして、今やそれを超えてもっと広範囲な産学官協力をやっていかなければいけない。

広いテーマを設定して関連企業が集まって協力していくという、大テーマの産学協力です。典型的な取り組みが「福岡水素エネルギー戦略会議」です。これは産官学が一体になって水素社会を作るという目的で、福岡が世界をリードしようというものです。

まず、九州大学の水素利用技術の研究開発が文部科学省の21世紀COEプログラムに採択されました。そこでトヨタ自動車・本田技研工業をはじめとした自動車産業、岩谷産業などのガス産業、JXホールディングスなどの石油産業、燃料電池メーカーなど水素関連産業に呼びかけて戦略会議を作りました。九州大学には燃料電池開発、材料開発の2つの研究所ができました。水素タウン、水素ハイウエイなど社会実証の場を官である福岡県が提供しま した。

人材養成も連携の発想で

もう1つは水素人材の養成です。それには2種類あって、いわゆる大学生・大学院生に対する教育と、経営者に対する教育です。

世界から情報を集めて発信しなければならないので世界水素会議というのを毎年やっています。これらすべてを産学官が協力してやりました。水素について最近は神奈川県や愛知県が出てきたりしていますが、圧倒的に福岡県がリードしています。

九州はシリコンアイランドと呼ばれていますが、半導体の工場が中心です。そこで半導体の頭脳を作ろうと、「システム開発技術カレッジ」を作りました。いい先生を1校で賄うのは無理なので、大阪以西の大学の先生を一堂に集めてやっています。半導体の研究開発も集中的に実施しています。

企業は新しい事業を見つけようと、第二創業の意識を常に持っています。業績のいい企業ほど一生懸命です。水素や半導体というような大きなテーマを掲げると非常に多くの企業が参加しています。水素戦略会議は数百社参加しているという状態です。そういうような特定テーマを掲げた産学官協力こそ今後重要な産業政策の手段ですね。

「九州産業技術センター」を
オープンイノベーションの核に

研究開発をやってもそれを実用化していく必要があるし、研究開発を理解できるように経営者を教育しなければなりません。その1つが、私が会長を務めている「九州産業技術センター」です。同センターでは20人ほどのコーディネータを抱えていて、個別の中小企業と大学や別の中小企業とをうまく橋渡しをしています。

これは広く言えばオープンイノベーションの手法です。現在は自前で研究開発する、製品も作るというのでは間に合いません。中小企業でこういう技術を持っていて発展させたい、新しい製品を開発したい、自社開発だけにこだわらずもう少し大学の知恵を借りたい、あるいは自分の持たない技術をほかの企業と協力してやっていきたいという要望をコーディネータが取りまとめているわけです。

昔はクローズドシステムでした。たとえばIBMに対して富士通が一生懸命にやっていましたが、今や富士通が一社で頑張ってもどうにもなりません。中核は富士通であっても周辺企業や大学と広く協力するというオープンな形での研究開発する時代になっています。何もかも自分でやるということではとてもじゃないけれども人材資源やお金が足りないということになります。他の企業との連携協力をどううまくやりきるかということに今後の企業経営、研究開発の要諦があります。

同センターをオープンイノベーションでやっていく推進機関に改革していこうと考えています。産官学や企業間だけでなく国境を超えたものをやらなければなりません。そうしないと世界をリードできません。ドイツのフラウンホーファー協会とかを研究しなければならないのであと1年半くらいかかりますが。オープンイノベーションのプラットフォームにしたいと考えています。

増え始めた学生ベンチャー

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産学協力の1つ、九州の大学と九州経済連合会などが立ち上げた「九州・大学発ベンチャー振興会議」があります。これには3つの目的があります。1つは、大学は一生懸命研究開発した成果を企業化して社会に役立たせなければなりません。

もう1つは、学生の意識を変えることです。我が国は江戸時代以来ベンチャー精神が豊富な国でした。ところが、このところベンチャー精神はアメリカや中国に負けていると言われます。いくつか理由がありますが、ともかく学生にベンチャー企業という道があることを明確に教えておこうということ。

これは非常に大きな成果を上げていて、学生ベンチャーの数はものすごい勢いで増え始めています。熊野正樹九大准教授が起業部という、柔道部と同じようなクラブ活動でベンチャー活動をやらせようと立ち上げたら、入会金1万円で150人の生徒が入ってきました。九大だけでなく、ほかの大学も盛んにやり始めています。大学の先生が持っている知的財産を生徒が起業化するという新しいタイプの学生ベンチャーなんかがそうです。

3番目は大学の収益源の確保です。将来の大学は財政的には厳しくなります。国立大学は独立法人になったのだから独立した財源を自分たちで持てというようになりました。論理的にはその通りですが、ではどうするか。一生懸命にやっていますよ。OBを組織してOB会員になってくださいとか。それは1万人会員で1万円を集めても1億円にしかなりません。アメリカの大学には知的財産権の収入や出資した企業の配当があります。最も大きいのは大学発ベンチャーによる寄付です。ハーバード大、MIT、スタンフォード大では非常に大きな収入源になっています。

国内大学でこれにいち早く気づいてうまくやっているのが東大です。東大にはミドリムシで有名なユーグレナなど上場している企業が10数社あります。上場企業の株式時価総額は1兆4000億円くらいになっています。九州の大学はあまりやっていません。そこで各大学にシーズを出してくれというと、28件出たので点検してさっそく8件に投資することになりました。振興会議は大学と産業界でやっています。産業界はいいシーズがあったら投資もします、あるいは、もうちょっと試作品を作らなくては、研究を深めなければいけないとかいうお金を支援するとか応援団として入ってもらっています。

開業率向上に貢献した
「フクオカベンチャーマーケト」

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ほかに私がやってきた中で産学協力に近いのは「フクオカベンチャーマーケット」ですね。バブル崩壊後、日本の開業率が落ち込ました。それまでは9〜10%ありましたが今や5%を割っています。新しい企業が生まれない経済は必ず衰退します。

なぜ日本の開業率が落ちたかというと、バブル崩壊の結果、銀行はものすごい不良資産を抱えてしまい、不良資産処理に集中せざるを得なかったからです。日本は間接金融の国で企業を育てたのは銀行でした。銀行は単にお金を貸すだけではなく、人材を派遣したり、市場開拓を応援したりします。福岡県の場合は故・四島司さんの福岡シティ銀行(現西日本シティ銀行)に助けられて素晴らしい企業がたくさん生まれました。その銀行が新しい企業を育てる意欲や能力を失ったのです。

そこで直接金融でベンチャー企業を育成するという仕組みを作りました。かつては銀行がお世話していた資金、人材、技術開発力、マーケットなどの経営資源を、ファンドなど専門家に提供してもらう仕組みです。同マーケットからは上場企業もでました。結構大きな成果を上げていると思います。

若者よ、
企業家精神を発揮しよう

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「福岡工業大学の産学連携」教育と社会貢献に資する研究の充実を目的として、総合研究機構を設立し、エレクトロニクス研究所、情報科学研究所、環境科学研究所で各関連分野においての最先端の研究を行っている。

アメリカと比べて日本は企業家精神がないダメな国だとよく言われますが、そんなことはありません。戦後、多くの世界企業を育ててきたのは実は日本です。トヨタ自動車、ソニー、本田技研工業など多くの企業が世界的な企業になっていった。企業家精神がないというのはウソです。江戸時代でも農業などでものすごい技術開発をやっています。

大企業や官庁に行くだけがいい人生ではありません。自分の意志、特技に従って自らの道を切り拓いていく、その1つの方法としてベンチャー企業を興す。学生諸君の中ではこれが明確に視野に入ってき出しました。

なぜ考え方が変わったかというと、バブル崩壊後、大企業は無茶苦茶なリストラやったでしょ。それで大企業に対する信頼がなくなり始めました。大企業にいれば一生安心ではありません。だったら自分の道は自分で切り拓こうと。若い人にはぜひ、「寄らば大樹の陰」じゃない道に挑戦してもらいたいです。

これからは連携の時代です。だからこそ人間としていい人に出会うことです。自分の仕事を誰と協力してやるか。なかなか1人ではやっていけません。いいパートナーを常に見つけだしながらやっていくことです。

世の中は不連続に変わってきています。高齢化社会になればなるほど自分の経験から考える連続の発想の人たちが多くなります。しかし、イノベーションは思考のジャンプが必要です。不連続思考です。これをできるのが若者で、若者こそイノベーションの主役なのです。美術も音楽も文学も新しいものは若者の活躍なくして出てきません。若者が活躍できる社会、若者が生まれる社会を作らなければなりません。

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麻生 渡氏福岡工業大学最高顧問/元福岡県知事

あそう・わたる/1939年、福岡県生まれ/京都大学法学部卒
1978年通商産業省に入省、1992年特許庁長官、1995年福岡県知事、2005年全国知事会長を兼務、2011年福岡県知事退任(四期16年)、九州旅客鉄道(株)特別参与、学校法人福岡工業大学最高顧問、2012年(一財)九州地域産業活性化センター会長、福岡空港ビルディング(株)代表取締役社長、(一財)九州産業技術センター会長、2014年(株)筑邦銀行社外取締役、2016年第一交通産業(株)顧問。