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vol.47YELL SPECIAL

原田ウルズラ株式会社千鳥饅頭総本舗会長

My History
いつの時代も変わらない仕事への愛と誇りが
お客様へ笑顔をもたらす

もつ鍋、水炊き、明太子、豚骨ラーメン…。福岡県民のソウルフードは数あれど、子どもから大人まで幅広い年齢層に愛されているものは洋菓子「チロリアン」だろう。サクサクとした生地の歯ざわりと風味豊かなクリームが織りなすハーモニーは、口にした人を必ず笑顔にする至福のお菓子だ。
「チロリアン」が誕生してから、56年。今や全国区で愛されるお菓子へと成長した「チロリアン」を支えてきたのは、千鳥饅頭総本舗の会長・原田ウルズラさんである。ドイツに生まれ、ドイツでご主人の原田光博さんと出会い、結婚。そして、福岡へ。異国の地でさまざまな苦難を乗り越えてきたウルズラさんは、今でも自ら店頭に立ち、お客様と向き合うことも多いという。そこには、どのような思いが込められているのだろうか。そんなウルズラさんにお話を伺った。

運命の出会いに導かれドイツから福岡へ

ウルズラさんが生涯のパートナーである原田光博さんに出会ったのは、1964年のこと。洋菓子を学ぶため、ドイツにあるウルズラさんの実家である洋菓子店へ修行にきたのがきっかけだったという。
「夫は、私が初めて見る日本人でした。彼は全くドイツ語が話せなかったけど、笑顔がとても印象的な人でした。遅刻してもあの笑顔で〝ごめんなさい〞と謝られると、つい怒れなくなるんです」と、懐かしそうに語るウルズラさん。
光博さんはドイツを拠点に、オーストリアやデンマーク、チロル地方などへも足を伸ばし、3年間ほど洋菓子を学んだ。その後、光博さんは一度日本に帰るが、再びドイツへ戻り、ウルズラさんにプロポーズ。二人は結婚することになり、ウルズラさんは海を渡り、福岡へ渡ったのだ。

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海外旅行が憧れだった時代、
「チロリアン」のCMは、日本中の人々のハートを掴んだ。
ウルズラさんの存在なくして、
成り立たなかったことだろう。

兄弟のアイデアから生み出されたお菓子「チロリアン」

長年、和菓子専門店として暖簾を守り続けてきた「千鳥屋」だが、時代にあった新商品を作りたいと考え、義理の兄が京都からせんべい職人を招き、新商品開発をすすめていた。
「そんな時に、夫が神戸の修行先から戻ってきました。夫が『お菓子にバターを入れてみたらどうだろう?』と提案し、生地にバターを練り込んでみたそうです。そうして出来上がったお菓子が、『チロリアン』です。また、当時の博多の人は、「だ・じ・づ・で・ど」の発音が苦手だったそう。ですので、「千鳥屋」を「ちろりや」と発音していました。そこから、この新しいお菓子を「チロリアン」と名付けました」と、ウルズラさん。
兄弟のアイデアから生み出された新しいお菓子チロリンは、バターをふんだんと使うことで、軽やかな食感とリッチな風味が最大の特徴である。今までにない味わいは、瞬く間に評判となり、福岡の人々を魅了した。

チロル地方で撮影したCMで日本中にチロリアンブーム

商品化が決まり、次に手がけたのはCM作り。「チロリアン」という名前からオーストリアのチロル地方をイメージしていたため、撮影は阿蘇や日本アルプスにて行っていた。しかし、ウルズラさんの存在が、CM作りを大きく変えたのだという。「チロリアンは、チロル地方のイメージがあると聞きました。それなら、チロル地方でCMを撮影したらいいのでは?と思ったんです」
以前、ウルズラさんは光博さんとともに、チロル地方を訪れたことがあった。その時にみた美しい景色や優しい人々の存在は、ずっと忘れることがなかったという。だからこそ、チロルCMを作ることをウルズラさんは提案した。「主人とチロルへ行き、通訳は私が務めました。現地で出会った方々に、その場で出演交渉をしました。みんなとても協力的で、とても楽しい撮影ができました。あの当時は、飛行機代も高いでしょう。たっぷり2年分の撮影をしてきました。その後も、2年おきにCM撮影が企画実行されたのですよ。」
チロルの美しい風景中で撮影してきたCMが全国区で放映され流ようになると、『チロ~リアン』という耳に残るCMソングとともに、日本中で「チロリアン」が人気を集めるようになったのだ。

お菓子を通じて日常の幸せを提供する

今でも店頭でお客様と話すことがあるというウルズラさんは、ひとりひとりとの対話、コミュニケーションを大切にしているという。「店頭ではお饅頭1個から購入も。そこで、いろいろなお話をさせていただきます。『家にいつもチロリアンがあった』『子供の時、兄弟が多くてイチゴ味を取り合った』など、お菓子についての思い出をお伺いすることも多いんです。うちのお菓子が皆さんに愛されるお菓子になったんだなぁと思うと、本当に嬉しくて、感謝しかありません。お菓子は日常にいらないもの。だからでしょうか、最近ではダイエットの流行や砂糖の害が叫ばれることが多く、お菓子が悪者になることも多いですよね。でも、私はお菓子はなくてはならないものだと思います。脳には糖分が必要ですし、食べたら元気になるし、幸せになりますよね。うちのお菓子も、たくさんの人に笑顔を運ぶお菓子でありたいと思います」

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時間のある限り店頭に立ち、
お客様とのコミュニケーションを大切にしているウルズラさん。
そのモチベーションの根底にあるのは、
仕事への愛情と誇りである。

インターネットの時代だからこそ人と人の付き合いを大切に

博多に来て46年。「チロリアン」というロングセラースイーツの誕生を見守り、支え続けてきたウルズラさんは、夫の光博さんが亡くなってからは、ご自身が社長となり経営も行ってきた。「私が来日した当初、福岡の方はとてもあたたかく、お互いを支え合っていました。でも、今は挨拶もなかなか交わさない。インターネットが普及し、AIも進化し、介護を始めさまざまな分野に進出しています。どんどん変わって行く世の中に、私自身も進化していきたいと考えています。でも、人と人の温かさやコミュニケーションの大切さは変わらないと思います。経営者に限らず、働いているみんなに言えることですが、自分の仕事に誇りを持って欲しいと思います。どんな仕事でも、社会の中で大切な役割があります。特に、ものづくりや食品は、材料、作り方なども大切。ただ作るのではなく、自分たちが作ったものが、相手にどう影響があるかを考えることが大切です。人に喜んでもらう、笑顔にする。そのために、愛情を込めて作って欲しい。もちろん、我が社でも皆このように考え、日々お菓子を作っています」
異国の地で、さまざまな苦労を乗り越えて来たウルズラさん。そんな彼女を来たのは、仕事に対する誇りと愛情、そして、人の温かさである。それは、いつの時代も、どんなビジネスでも、基本となることだろう。改めてウルズラさんの言葉から教えられたようだ。